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キャプティブ 2021.03.19

CA25ーもう一人の「ミケランジェロ」ーカラヴァッジヨ Another “Michelangelo” – Caravaggio

For those who prefer to read this column in English, the Japanese text is followed by a British English translation, so please scroll down to the bottom of the Japanese text.

昨年2月18日に本コラムに投稿した「RM 13ー『レンブラント』の示唆」にも記したが、ロンドン出張の度に楽しみに訪れていた場所が「ナショナル・ギャラリー」である。

イタリア・ルネッサンスを代表する彫刻家、画家、建築家の最高峰の一人が、「ダビデ像」の彫刻、バチカン・システィーナ礼拝堂の「最後の審判」、「天井画」で有名なミケランジェロ・ブオナローティである。ロンドン、ナショナル・ギャラリーに行く度に、その鮮烈な筆遣いに魅せられて、必ず見ていた画家が「カラヴァッジヨ」。実は、「カラヴァッジヨ」とは彼の姓であり、姓名は「ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジヨ(Michelangelo Merisi da Caravaggio Caravaggio)」ナショナル・ギャラリーには、彼の絵が34点展示されている、「もう一人のミケランジェロ」である。

コロナ禍のなか海外出張は未だ先行きが不透明。何時ロンドンに行けるのか定かでは無く、「ナショナル・ギャラリーを訪れ至宝を目にすることもできないな」と思い、その代わりに楽しみにしていたのが国立新美術館で、本年2021年3月24日から5月10日まで開かれる絵画展であった。バチカン美術館を代表する名品であり、カラヴァッジョの最高傑作の一つ、「キリストの埋葬」を中心とした「カラヴァッジョ《キリストの埋葬》展」である。しかし、残念ながら、国立新美術館の公式WEBサイトには、以下のお知らせが掲載された。

この度の新型コロナウイルス感染症が拡大している状況を受け、バチカンからの作品輸送が困難なため、本展覧会の開催は中止とさせていただくことが決定いたしました。開催を楽しみにしてくださった皆様には、ご迷惑をおかけいたしますこと、深くお詫び申し上げます。

1.カラヴァッジョ

フランス、トゥールーズの民家の屋根裏で発見された、ある絵が、2014年6月オークションに出品される予定だったが、オークション前にプライベート契約で売却されてしまった。オークション・ハウスは、「売却額、購入者は、秘密保持契約によって明かせない」としているが、事前の予想では、落札価格は1億から1億5000万ユーロ(125億〜187億円)という巨額であった。上述のカラヴァッジョの作とされる「ユディトとホロフェルネス」である。

レンブラントと同様、卓越した光と闇の使い方、劇的な表現で知られる、イタリア、バロック絵画の巨匠カラヴァッジョは、1571年に産まれ、自身の描いた絵と同様、波乱に満ちた激動の生涯を送り、1610年、38歳で没した。

35歳の時、ケンカ相手を刺殺、殺人犯となったが、ローマから逃亡、ナポリ、シチリア島を放浪した後、辿り着いた場所がマルタ島。当時マルタ島を支配していたマルタ騎士団長に「絵を描けば騎士の称号を授ける」と依頼され、有名な「聖ヨハネの斬首」を描いた。キリストに洗礼をおこなった聖ヨハネの最期を描いたこの作品には「度重なるイスラムとの戦いに犠牲になった騎士への鎮魂が込められている」と言われている。そのため、この「聖ヨハネの斬首」は、マルタ島にある「聖ヨハネ大聖堂」の騎士用の礼拝室に飾られ、戦いに臨む騎士たちは、必ずこの絵の前で祈りを捧げて戦いに出たと言われている。

この絵を描き終えた1608年、カラヴァッジョはローマ教皇により恩赦され、晴れて「マルタ騎士団」の騎士となった。しかし、生来の気性がわざわいして、また暴力事件を起こし聖アンジェロ要塞に投獄された。1ヵ月後に脱獄、しかしローマへ向かう途中、病死した。

2.マルタ騎士団

カトリックの騎士修道会であるマルタ騎士団の正式名称は、「エルサレム、ロドス及びマルタにおける聖ヨハネ主権軍事病院騎士修道会であり、その名前のとおり、現在でも「医療活動」等の慈善活動を世界120カ国でおこなっている。

マルタ島の由来となった「マルタ騎士団」は、12世紀の十字軍時代、巡礼保護を目的として、キリスト教の聖地エルサレムにあった聖ヨハネ修道院の跡に、巡礼者向けの宿泊所兼病院が建てられたことが淵源とされている。

「十字軍騎士団」(橋口倫介著 講談社学術文庫刊)によると、上記の正式名称からも明らかなように、病院を持ち、巡礼者の保護に務め、1113年ローマ法王より「聖ヨハネ騎士団」として公認された。しかし、13世紀後半に聖地エルサレムが陥落すると、騎士団はロドス島へ逃れて1309年より「ロドス騎士団」に名を変えイスラム勢力と独自に戦い、巡礼をするキリスト教徒の保護をおこなっていた。

16世紀、トルコ・オスマン帝国によって攻められた「ロドス騎士団」に対して、時の神聖ローマ皇帝カール5世は、その戦闘力を認めてマルタを拠点に地中海内の周辺地域の守備にあたらせることを決めた。このため、1530年マルタに逃れ「マルタ騎士団」へと名前を変え、以降は、「巡礼の保護」よりも「地中海方面の軍隊」としてイスラム勢力との戦いにおいて大きな役割を果たすようになっていった。

3.マルタ共和国

「マルタ騎士団」のかつての領土であった、マルタ島、ゴゾ島他は、現在「マルタ共和国」となっている。「長靴の形」に例えられることが多いイタリア半島、そのつま先にあたるシチリア島の南に存在している。マルタ本島、ゴゾ島、コミノ島、その他2つの無人島から成り、これらの島々全てを合わせても総面積は316平方キロメートル、東京23区の半分、そこに約40万人の国民が居住している。一年を通じて温暖な地中海性気候に恵まれた国であり、ヨーロッパのリゾート地として定着している。

「ロイズ (Lloyd’s of London) 金融機関ビジネス委員会」の会長を務めた筆者の長年の友人も、1年の大半をこのマルタ共和国のゴゾ島にある別荘で過ごしている。上の写真は、その彼が昨年11月14日に写し、“Lockdown sunsets in gozo . still in shorts and t-shirt”(ゴゾでのロックダウンの夕日.まだ短パンとTシャツで)というコメントを付けて送ってきてくれたものである。

A long-time friend of mine, who was Chairman of the Lloyd’s of London Financial Institutions Business Committee, spends most of the year in his holiday home on the Maltese island of Gozo. The photo above was taken by him on the 14th of November last year and shows “Lockdown sunsets in gozo . Still in shorts and t-shirt”.  

マルタ騎士団は、18世紀末フランスのナポレオン1世によってマルタ島を追われイタリア方面に逃れていったため、無防備となったマルタ島民から、侵攻してきたフランス軍は、私有財産を略奪、没収していった。不満を募らせた島民は、当時フランスと敵対していた英国に支援を求めた。1814年、その求めに応じて、英国のネルソン提督は英国艦隊を率いてマルタ島を占拠、この後マルタ島は正式に英国の保護統治領となり、1964年英連邦内での独立が認められた。更に1974年には、マルタ島は、共和制を宣言して、「マルタ共和国」が誕生、英連邦加盟国の一つとして、2004年にはEUに加盟して今日に至っている。

一方、マルタ島を逃れた「マルタ騎士団」は、ナポレオン戦争終結後のヨーロッパの秩序再建と領土分割を目的とした、「会議は踊る」で有名な1814年開かれた「ウィーン会議」を経て、1822年のヴェローナ会議において、「マルタ騎士団が国家主権を保有、維持していること」が承認され、イタリアのローマ市内に「国」として存在している。もう一つの「マルタ国」である。

イタリアには、その国土の中に小さな独立国が幾つか存在している。有名なバチカン市国、サンマリノがある。これらの国には、「国土」があるが、この「マルタ騎士団」は、かつての国土であったマルタ島他すべての国土を失い、ローマ市内のビルに入居する「独立国」として、現在存在している。

法律上、その「ローマ市コンドッティ通り68」のビル(マルタ宮殿)を「領土」としており、建物内はイタリア政府から治外法権が認められている。また、主権国家 (sovereign entity) としても承認されており、パスポート、通貨、切手を発行、外交関係を有する国が100カ国以上存在する、国連及びEUにもオブザーバーとして参加を許されている「国」である。

4.日英同盟とマルタ

第一次世界大戦、日英同盟を結んでいた日本は、1917年英国の要請により、地中海におけるドイツ軍潜水艦Uボートから、補給線の拠点となった「マルタ」を護り、輸送船舶を護衛するため、艦隊を派遣した。派遣されたのは、巡洋艦「明石」及び駆逐艦8隻で、同年4月にマルタに到着した。

第一次世界大戦が終了するまでの約1年半の間に、同艦隊が護衛出動した回数は300回を超えた。その活躍はめざましく、各国から高い評価を受け、「地中海の守り神」とも言われたが、当然大きな犠牲も伴った。魚雷攻撃を受けた駆逐艦「榊」が大破、59名が戦死したのである。戦病死者12名を含めて71名がマルタ島カルカーラにある英連邦墓地に葬られている。

「外務省の公式WEBサイト(平成29年5月27日付)」には「安倍総理大臣によるマルタの旧日本海軍戦没者墓地における慰霊」と題して、以下の記載がある。

マルタを訪問中の安倍晋三総理大臣は,現地時間5月27日,旧日本海軍戦没者墓地において慰霊を行いました。その後,日マルタ首脳会談に続いて行われた日マルタ首脳共同記者発表において,本件慰霊に関して,安倍総理は以下のメッセージを述べました。

「ムスカット首相との会談に先立ち、旧日本海軍戦没者墓地を訪問しました。そこで日本海軍が、1917年に日英同盟の下、マルタを拠点に地中海で活動した際の、71名の戦没者の方を慰霊いたしました。

同墓地には1921年に当時皇太子だった昭和天皇も訪れ、戦没者を慰霊されています。100年前の地中海において、私たちの先人は、病院船を守り、沈没寸前の客船から多くの看護師を助けるなどして、大いなる尊敬を、英国を始めとする各国から勝ち得ました。

私は、当時の先人の活躍に思いを馳せつつ、現代において、国際協調主義に基づく積極的平和主義の下、国際社会の平和と安定に一層貢献していく、その決意を新たにしました。」

 

5.現在のマルタ共和国

昨年発表された米CNNの調査「世界で最も美しい世界遺産トップ20」には、ペルーのマチュピチュ、エジプトのピラミッド、フランスのモン・サン・ミシェルと並んで、古来の史跡が豊富なマルタの首都、中世の面影を残す街「ヴァレッタ」が入っている

英国エリザベス女王、フィリップ殿下がハネムーンを過ごし、また結婚60周年を祝して再び訪れた場所としても有名な、マルタ島北部に広がるゴールデン・ベイは「マルタ島で最も美しいビーチ」と言われているなど風光明媚なリゾート地として有名である。世界有数の巨大な水中撮影ができる映画撮影所があることなどから、映画「007」をはじめ多くの映画の撮影場所ともなっており、多くの映画スターが別荘を構えている。

そのマルタは、現在金融界でも注目を集める場所となっている。キャプティブ(自社専用保険会社)の設立地(ドミサイル)としてである。

今年2月、そんな「マルタ・ドミサイルの魅力を」とWEBセミナー(webinar)の招待が筆者に届いた。その概要は以下であった。

Innovations, Regulations and the Future of Captives in Malta

Join us on 17 Feb for our first webinar of 2021: Innovations, Regulations and the Future of Captives in Malta.

Our panel will be discussing the pros and cons of:

  • The impact of the hardening market and Brexit on the captive industry in Europe
  • Using less traditional captive structures and innovating in the PCC environment
  • The current tax and compliance implications for less traditional captive structures
  • Growth of the captive industry in Malta and Europe
  • The impact of Covid-19 and the hardening market on captive investment portfolios
  • Loan backs and other investment strategies
  • The Malta regulatory environment
  • Putting BI and D&O into a PCC

WHEN

17 February (14:00 GMT 15:00 CET 09:00 EDT)

 

今回のまとめ

現在では、「風光明媚なリゾート地」と思われている地中海は、地中海を囲んで文明が発達したため、古来より覇権を狙う国同士、また宗教勢力の衝突により、多くの戦乱に巻き込まれ、その戦いと防備に明け暮れた地であった。その地中海の真ん中に存在する国が「マルタ共和国」である。風光明媚さを活かした「リゾート産業」のみならず、キャプティブのドミサイルとして産業を興す姿には、「戦乱と防備に明け暮れたなかを生き抜いた強い生存力」を感じる。

「どのような保険でも」と言う他の多くのドミサイルとは異なり、マルタ金融サービス機構(MFSA)は「キャプティブ化したほうがそのメリットを強く享受できる保険」について、「マルタ2021レポート(マルタ金融サービス機構)」のなかで、「世界的な保険引受力(キャパシティ)の縮小や保険料が劇的に上昇していることを背景に、職業賠償責任保険(E&O保険)や会社役員賠償責任保険(D&O保険)をキャプティブ・プログラムにするメリットがある」と明確に述べている。他のドミサイルとの差別化を図る姿に過去の「マルタ騎士団」を見る思いである。

コロナ禍の影響で収益に大きな影響を受けた企業も多い、しかし、「大変」を「たいへん(困難)」と読むか、それとも「大きく変わる時」という意味で「大変」と読むかによって、その後の成否は決まっていく。

「大きく変わることによって事業を拡大すること」も可能にする分岐点が今である。そのためには、自社の強み弱み、市場環境、競合企業の強み弱みを具に検証することがなければ、その実現は難しい。いまこそ、キャプティブを視野にした、本格的なリスクマネジメントをおこなうべき時ではないだろうか。

執筆・翻訳者:羽谷 信一郎

English Translation

Captive 25 – Another “Michelangelo” – Caravaggio

As I wrote in my column “RM 13 – Implications of “Rembrandt”” on 18 February last year, the National Gallery was a place I looked forward to visiting on every business trip to London.

One of the greatest sculptors, painters and architects of the Italian Renaissance was Michelangelo Buonarroti, famous for his sculpture of David, the Last Judgement in the Vatican Sistine Chapel and his ceiling paintings. Caravaggio is a painter that I have always looked at every time I went to the National Gallery in London, because of his vivid brushwork. In fact, “Caravaggio” is his surname: Michelangelo Merisi da Caravaggio Caravaggio. He is another Michelangelo, with 34 of his paintings on display at the National Gallery.

In the midst of Covid-19 disaster, not knowing when I would be able to go to London, I thought “I won’t be able to visit the National Gallery to see these treasures”. Instead, I was looking forward to the exhibition of his paintings at The National Art Center, Tokyo, which will be open from 24 March to 10 May 2021. The exhibition, “Caravaggio: The Burial of Christ”, centres on one of Caravaggio’s greatest masterpieces, “The Burial of Christ”, one of the masterpieces of the Vatican Museums. Unfortunately, however, the official website of The National Art Center, Tokyo has posted the following notice.

In view of the widespread outbreak of the new coronavirus infection (covid-19), it has been decided to cancel this exhibition due to the difficulty in transporting the works from the Vatican. We apologise for any inconvenience this may cause to those who have been looking forward to the exhibition.

1. Caravaggio

A painting discovered in the attic of a private house in Toulouse, France, was due to be auctioned in June 2014, but was sold under private contract before the auction. The auction house stated that “the sale price and the buyer cannot be disclosed due to a confidentiality agreement”, but preliminary estimates put the winning bid at between €100 and €150 million ( ¥12.5-18.7 billion). The painting is “Judith and Holofernes”, attributed to the aforementioned Caravaggio.

Like Rembrandt, Caravaggio was a master of Italian Baroque painting, known for his dramatic use of light and dark.

At the age of 35, he stabbed a quarrel partner to death and became a murderer. He was offered a knighthood by the Knights of Malta, who ruled the island at the time, if he painted a picture, and he painted the famous “Beheading of St John”. The painting, which depicts the final moments of St John’s life after his baptism into Christ, is said to be “a requiem for the knights who sacrificed themselves in repeated battles against Islam”. For this reason, the Beheading of St John was hung in the knights’ chapel of the Cathedral of St John the Divine in Malta, and it is said that every knight who went into battle prayed in front of it before going into battle.

In 1608, after completing this painting, Caravaggio was pardoned by the Pope and made a knight of the Order of Malta.However, his natural temperament got the better of him and he was imprisoned in the Fortress of St. Angelo for another violent incident.He escaped a month later, but died of illness on the way to Rome.He escaped a month later, but died of illness on the way to Rome.

2. Knights of Malta

The official name of the Knights of Malta, a Catholic order of knights, is the “Order of the Knights of the Military Hospital of the Sovereignty of St. John of Jerusalem, Rhodes and Malta” and, as its name suggests, it still carries out charitable activities such as “medical work” in 120 countries.

The Order of the Knights of Malta, from which the island of Malta is named, originated during the Crusades in the 12th century, when a hospital and accommodation for pilgrims was built on the site of the monastery of St John in Jerusalem, the holy city of Christianity, to protect pilgrims.

According to the book “The Knights of the Crusades” by Tomosuke Hashiguchi, published by Kodansha Science Bunko, the Knights of St. John were recognised by the Pope in 1113 as the “Knights of St. John”, having a hospital and protecting pilgrims, as is clear from the official name above. However, when the holy city of Jerusalem fell in the second half of the 13th century, the Knights fled to the island of Rhodes, where they changed their name to the Knights of Rhodes in 1309 and fought independently against Muslim forces and protected Christians on pilgrimage.

The Knights of Rhodes were attacked by the Turks and Ottomans in the 16th century, but the Holy Roman Emperor, Karl V, recognised their fighting prowess and decided that Malta should be their base for defending the surrounding areas of the Mediterranean. In 1530, the Order fled to Malta and changed its name to the Knights of Malta, and from then on it played a more important role in the war against the Muslim powers as a “Mediterranean army” than as a “pilgrim protection”.

3. The Republic of Malta

The former territories of the Knights of Malta, including Malta and Gozo, are now known as the Republic of Malta. It is located in the south of Sicily, the toe of the Italian peninsula, which is often compared to the shape of a boot. It consists of the main island of Malta, Gozo, Comino and two other uninhabited islands, which together cover an area of 316 square kilometres – half the size of Tokyo’s 23 wards – and are home to around 400,000 people. The country is blessed with a mild Mediterranean climate all year round and is a well-established resort destination in Europe.

The Knights of Malta were expelled from Malta by Napoleon I of France at the end of the 18th century and fled to Italy. The invading French troops plundered and confiscated private property from the defenceless Maltese. Frustrated, the Maltese turned to Britain, then an enemy of France, for help. In 1814, in response to their request, British Admiral Nelson led a British fleet to occupy Malta, which officially became a British protectorate and was granted independence within the Commonwealth in 1964. In 1974, Malta declared itself a republic and became the Republic of Malta, a member of the Commonwealth of Nations, and in 2004 joined the European Union.

On the other hand, the “Knights of Malta” who fled the island of Malta went through the famous “Congress of Vienna” in 1814, where the aim was to restore order and divide the territories in Europe after the end of the Napoleonic Wars. At the Congress of Verona in 1822, it was recognised that “the Order of Malta possesses and maintains the sovereignty of the State” and exists as a “State” in Rome, Italy. It is another “Maltese State”. Italy has a number of small independent states within its borders. There is the famous Vatican City and San Marino.

These countries have their own “land”, but the Knights of Malta has lost all of its former land, including the island of Malta, and now exists as an “independent state” in a building in Rome.

Legally, the Knights of Malta occupy a building in Via Condotti 68 in the city of Rome (the Palace of Malta) as their “territory” and are granted extraterritoriality by the Italian government inside the building. It is also recognised as a sovereign entity, issues passports, currency and stamps, has diplomatic relations with more than 100 countries, and is an observer in the United Nations and the European Union.

4. The Anglo-Japanese Alliance and Malta

During the First World War, Japan, a member of the Anglo-Japanese Alliance, dispatched a fleet at the request of Britain in 1917 to protect Malta, a supply line hub, from German submarine U-boats in the Mediterranean and to escort shipping. The fleet consisted of the cruiser “Akashi” and eight destroyers, which arrived in Malta in April of the same year.

During the year and a half until the end of the First World War, the fleet made more than 300 escort missions. Her successes were remarkable and she was highly praised by many nations, and she was often referred to as the “Defender of the Mediterranean”, but she also suffered heavy casualties. The destroyer “Sakaki” was heavily torpedoed and 59 men were killed in action. Seventy-one men, including 12 who died of disease, are buried in the Commonwealth Cemetery at Carcara, Malta.

The official website of the Ministry of Foreign Affairs of Japan (dated 27 May 2017), titled “Prime Minister Abe’s visit to the Cemetery of the Former Japanese Navy War Dead in Malta”, has the following to say.

Prime Minister Shinzo Abe, during his visit to Malta, held a memorial service at the former Japanese Navy War Cemetery on 27 May local time. Later, in the Joint Press Conference of the leaders of Japan and Malta, which followed the Japan-Malta Summit, Prime Minister Abe delivered the following message on this memorial service.

Prior to the meeting with Prime Minister Muscat, I visited the former Japanese Navy War Cemetery. There we commemorated 71 war dead from the Imperial Japanese Navy’s operations in the Mediterranean based in Malta in 1917 under the Anglo-Japanese Alliance.

The cemetery was also visited by the then Crown Prince, Emperor Showa, in 1921 to pay his respects to the war dead.One hundred years ago, in the Mediterranean, our ancestors won the great respect of Britain and other countries by protecting hospital ships and saving many nurses from sinking passenger ships.

I am reminded of the achievements of my predecessors and renew my determination to contribute further to the peace and stability of the international community, based on the principle of international cooperation and positive pacifism.

5. Malta today

In the CNN survey of the world’s top 20 most beautiful World Heritage Sites, published last year, Valletta, the medieval capital of Malta, is included alongside Machu Picchu in Peru, the Pyramids in Egypt and Mont Saint-Michel in France, in a list rich in ancient historical sites.

Golden Bay, in the north of the island, is famous as the most beautiful beach in Malta, where Her Majesty Queen Elizabeth II and Her Royal Highness Prince Philip spent their honeymoon and where they returned to celebrate their 60th wedding anniversary. It is also home to one of the world’s largest underwater film studios and has been the filming location for many films, including 007, and many film stars have built their villas here.

Malta has also become a hotspot for the financial world. It is also the location of a captive insurance company.

In February this year, I received an invitation to attend a webinar on the attractions of Malta and its domiciles. The outline of the webinar was as follows:

Innovations, Regulations and the Future of Captives in Malta

Join us on 17 Feb for our first webinar of 2021: Innovations, Regulations and the Future of Captives in Malta.

Our panel will be discussing the pros and cons of:

The impact of the hardening market and Brexit on the captive industry in Europe
The impact of the hardening market and Brexit on the captive industry in Europe
The current tax and compliance implications for less traditional captive structures
Growth of the captive industry in Malta and Europe
The impact of Covid-19 and the hardening market on captive investment portfolios
Loan backs and other investment strategies
The Malta regulatory environment
Putting BI and D&O into a PCC

WHEN

17 February (14:00 GMT 15:00 CET 09:00 EDT)

Summary of this issue

The Mediterranean Sea, now regarded as a “scenic resort”, has been the scene of many battles and defences since ancient times, as civilisations developed around it, and as countries and religious powers clashed for supremacy. The Republic of Malta is a country in the middle of the Mediterranean Sea, with a resort industry that takes advantage of its scenic beauty, and a captive domicile industry that has survived the wars and defences of the past.

Unlike many other domiciles, which say “any insurance”, the Malta Financial Services Authority (MFSA), in its Malta 2021 Report on “Insurance that would benefit strongly from captive status”, says: “In the face of shrinking global insurance underwriting capacity and the need to reduce insurance premiums, the Malta Financial Services Authority (MFSA) is committed to the development of captive insurance. In the Malta 2021 Report, the Malta Financial Services Authority clearly states that “there is merit in making professional indemnity insurance (E&O insurance) and company directors and officers liability insurance (D&O insurance) captive programmes against a background of shrinking capacity and dramatically rising premiums”. The way in which the company differentiates itself from other dossiers is reminiscent of the “Knights of Malta” of the past.

The covid-19 disaster has had a significant impact on the bottom line of many companies, but whether you read the word “Taihen in Japanese” as “very difficult” or “Taihen in Japanese” as “a time of great change” will determine whether you succeed or fail.

We are at a crossroads where it is possible to expand our business by making major changes. This can only be achieved by examining our own strengths and weaknesses, the market environment and the strengths and weaknesses of our competitors. Now is the time for full-fledged risk management, with captives in mind.

Author/translator: Shinichiro Hatani