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リスク対応策 2020.02.11

リスクマネジメント 9 ー衣替え

古くから宮中の行事であった「衣替え」、明治政府はその日を6月1日、10月1日と定めた。環境省は地球温暖化を防止するため、夏のオフィスの冷房設定温度を上げることを広く呼びかけ、2005年「涼しく効率的に働くことが出来るネクタイをはずした夏の軽装運動」を「クール・ビズ」と名付け、それ以降大々的に推進してきた。

キャプティブの設立と運営のため訪れることが多い、米国ハワイ州。起源は「日本の和服を作り直した」という説が有力であるが、ハワイ州の男性の正装はアロハシャツである。キャプティブを所管している保険局に行くときもアロハシャツである。

このハワイのアロハシャツをモチーフに作成されたものが、沖縄の「かりゆしウェア」である。「縁起がいい、めでたい」という沖縄の言葉「かりゆし」、その言葉を冠した装い。沖縄では県職員、金融機関、観光・旅行業等では「長い夏の制服」として定着していたが、2000年の九州・沖縄サミットで各国首脳が着用して以来、一般企業においても急速に普及、「特産品」としても沖縄経済に大きなプラス効果を与えている。

1.首里城決戦

今では、長寿県の1つとして、また自然の美しさ、気候の温暖さ、そして人々の暖かさで、毎年2万人を超える移住者があり、人口が増え続けている沖縄県。しかし、60年前その地は想像を絶した悲惨な戦場となった。1945年3月26日、慶良間列島を占領した物量を誇る米第10軍将兵24万余名は、4月1日には沖縄本島に上陸、沖縄守備軍第32軍9万余名との激戦が始まった。戦闘がほぼ終結した6月末までの3ヶ月間で、戦没者は実に20数万人を超え、しかもその半数以上は沖縄県民であった。

そのひとつの象徴が、沖縄県師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の生徒222名教員18名で構成された従軍看護の学徒隊「ひめゆり部隊」である。

当時、沖縄守備軍の司令部は、昨年10月31日に火災で多くが消失してしまった首里城にあった。米軍の攻撃が勢いを増すなか、沖縄守備軍は首里城下にあったその司令部を捨て、南へ南へと撤退、死傷者がどんどん増えていった。そのさなか、6月18日軍は、突如戦場の真っ只中で学徒隊に「解散命令」を下した。学徒達は突然の解散命令に絶望。多くは、行き場を失い自決、また砲撃の中を逃げ回ることを余儀なくされた。

この日より5日後、6月23日、沖縄守備軍司令官が自決、軍としての組織的な戦闘が終結した。この僅か5日間で、実に100余名のひめゆり学徒が犠牲となった。沖縄県ではこの日を「慰霊の日」と定め、沖縄戦の戦没者の霊を慰めて平和を祈る日としている。

2.日本型組織の持つ問題点

沖縄戦は、戦争の終結が視野に入っていた米国に対して、日本は戦力がほぼ払底していた、そのため、「日本軍の持つ組織的な問題点が如実に浮き彫りにされた」と言っても過言ではない。

明治維新後日本が初めて本格的な戦争を行ったのが日露戦争。海軍は、当時世界最強と言われた「バルティク艦隊」を日本海海戦で艦隊決戦の結果、日本側はほとんど損害を受けずに全滅させた。同様に、陸軍は多大な犠牲を出しながらも、白兵戦の末難攻不落の要塞を陥落させた。明治維新から僅か40年で、国力、軍事力で圧倒的に優る大国ロシアに勝利した日本軍は、前者から「大鑑巨砲主義」、後者からは「白兵戦至上主義」という成功体験を得て、日本軍の戦略原型が形作られていった。

この戦略原型を進化させていくために必要とされた参謀。主としてその養成のため、海軍兵学校、陸軍士官学校の上級教育機関、海軍大学校、陸軍大学校が設立され、この1904~05年に得た成功体験が煌びやかな彩りを纏っていくことになった。

また、この「一般社会では必要とされない教育」を施す、これら高等職業軍人を養成する機関を設立することによって、本来は機能体であるべき軍隊のなかに、強固な同族意識が芽生え、排他的なムラ(共同体)意識が醸成され、日本軍の属人的な組織体質が形成されていった。これがあらゆる面に顔を出し、「曖昧さ」を常に備え、「論理・情報よりも、精神論と情が重視」された戦略が策定されていった。「40年前の成功体験に基づいた環境の変化に対応していない、図上演習の域を出ない、現場を見ない、具体的な方法論にまで詰められていない、抽象的な戦略」が「大本営参謀」によって「現地軍」へ命令として下る事態が随所で見られるようになった。

3.現代の日本企業へ受け継がれた日本の組織の課題

沖縄においても同様の事態が惹起した。「あるべき姿」として「航空機主体による作戦」を命じる大本営と「現場の状況」から「現地で得られる航空機・数の実態から地上戦重視」を主張する第32軍との間で大きな戦略の齟齬、戦略の二重性が生まれた。

さらには、上陸してくる米軍に打撃を加える任務を持った迫撃砲の部隊および第32軍の防衛の要であった精鋭師団第9師団が「比・台湾防衛が最優先」と主張する台湾統帥方面軍の参謀によって比・台湾へと転出させられ、圧倒的な兵員数・重装備を誇る米軍に対して「重装備を有しない、実質歩兵だけの沖縄守備軍」となったのである。これでは、米軍上陸前に「雌雄は既に決していた」といっても過言ではないだろう。

日本軍が有した上記の課題を企業経営の上から見ると戦後も多くの企業が組織的、体質的に継承していると言われている。「大企業病」に罹患した企業では、「往時の成功体験に基づいた旧態依然とした戦略」が策定され続け、「現場を顧みない補給兵站を軽視した指示命令」が飛び交っているのではないだろうか。

4.パワーハラスメント-新たなリスクの発生

厚生労働省のホームページによるとパワーハラスメントは、以下のように定義されている。;

職場のパワーハラスメントとは、『同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為』と定義をしました。

この定義においては、
・上司から部下に対するものに限られず、職務上の地位や人間関係といった『職場内での優
位性』を背景にする行為が該当すること
・業務上必要な指示や注意・指導が行われている場合には該当せず、『業務の適正な範囲』
を超える行為が該当すること、を明確にしています。

 

1993年以降、欧米諸国で法制化され、日本では2001年にパワーハラスメントという言葉が提唱され、2019年には国連によって防止条約の制定が予定されている。

つまり、1993年以前は、このようなパワハラの概念は無かったのである。高度成長期の日本に限らず、欧米でも「職場での暴言」は「ちょっと厳しい指導、愛のムチとして、見過ごされてきた上司、管理職の当たり前の言動」だったかもしれない。今では、大問題になる「体罰」も「以前はある程度のものは当たり前のこと」であった。リスクが発生する事態になると、それに対応するリスクヘッジ手段である保険が開発されていくものである。

このようなパワハラやセクハラ(セクシャルハラスメント)に対応する保険が、雇用慣行賠償責任保険である。従業員からセクハラやパワハラなどのハラスメント行為や、年齢や性別からくる差別行為、不当な評価による強制的な配置転換など、いわゆる不当行為が原因で会社が損害賠償を請求された場合、その費用を補償する保険になる。しかし、その雇用慣行賠償責任保険(EPL保険:Employment Practice Liability Insurance)の歴史は非常に浅く,1990年代初めにアメリカで商品化され、日本には1990年代の後半に導入された。

そのため、保険の内容が「企業の負う費用を補償する保険」の意味が強く、「事前の策」としてセクハラ、パワハラが起きないような企業風土の醸成等の「起きないようにするための保険」の側面が弱い。また、企業それぞれの事情によって補償内容も変えるべきものと考えられるが、「普遍的に販売している保険」では、その変更も容易ではない面がある。

そういう事態に備えたリスクヘッジ手段が、「自前のリスクに的確に対応できる保険を開発できるキャプティブ、キャプティブ設立のメリットを最大化することを本義としたキャプティブ、ソリューション・キャプティブ®の活用」である。

沖縄戦における「生きて虜囚の辱めは受けず」という「司令官の自決」に対しては、潔さは感じても、残る将兵、民間人に対する配慮を感じることはできない。同様に企業経営において大きな問題が起きた場合の対応は、経営陣が全ステークホルダーのために必死になって事態を収拾、事業活動を正常に戻し成長への軌道を進ませることが「あるべき姿」であることには論を待たないであろう。企業環境が厳しさを増すなか、「組織的な問題点が如実に浮き彫りにされる」前に、経営陣が的確な対応策を取る、それこそ現代の企業環境が求めるリスクマネジメントである。

今回のまとめ

リスクは常に「変容する」ものである。変容したリスクに対応するリスクマネジメント、保険の開発を待っていては「リスクの進化」についていけない。そのためには、自社のために自社に必要な「保険を生み出せる手段」であるキャプティブ、しかも適格なソリューション・キャプティブ®を設立、備えを置くことこそが最適のリスクマネジメント策であると考える。

そのように考える日本企業は少なかったが、このところの「リスクの急速な進化」に対応すべくキャプティブの設立を検討する企業は飛躍的にその数を増やしてきている。米国企業のキャプティブの数4000社に比べて100社弱というのが現在日本企業の有するキャプティブであるが、早晩その数は確実に、急速に増加していくと感じている。