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リスク対応策 2023.01.15

RM77 トレンチコート(キャプティブを設立する理由)

For those who prefer to read this column in English, the Japanese text is followed by a British English translation, so please scroll down to the bottom of the Japanese text.

先日、TVのクイズ番組で、「一年の最後の日をなぜ大晦日というのか」という問題が出た。「旧暦では毎月の最終日が『晦日(みそか)』と呼ばれていたので、一年で最後の晦日を『大晦日』と呼ぶようになった。みそかの『みそ』とは30を意味する言葉であり、旧暦では1ヶ月は29日の場合もあったが、多くは30日だったために指すようになった」が回答であった。

今日は2023年1月15日、大晦日より2週間が経ち街ではすっかり正月気分が消え、人々が通常の生活に戻っている。明後日1月17日は、筆者が当時世界最大の保険コングロマリット、CIGNA(シグナ)コーポレーションの採用が決まり、米国フィラデルフィア本社のキャプティブ部門の幹部として勤務することが決定して一旦帰国、渡米する準備をしていた矢先の1995年1月17日発生した「阪神・淡路大震災」から28年目の日である。

毎年1月になると当時のことを思い出してきたものであるが、特に今年は、南関東を中心に1923年(大正12年)9月1日に発生した巨大地震、「関東大震災」より100年目の年であり、グローバル・リンクが設立をサポートしてきたキャプティブの大半は地震リスクを補償するプログラムであることからも、特に感慨深い年を迎えた思いがする。

グローバル・リンクのキャプティブ・プログラムでは、その効用を大きく左右するキャプティブからの再保険手配は、業務提携先である大手総合商社丸紅傘下の保険ブローカー(保険仲立人)「マルニックス」が担い、ロンドンマーケットで再保険手配をしている。ただ、その再保険の引受手である、ロイズ(Lloyd’s of London)・シンジケートや世界最大の再保険会社との関係を当時提携していたロンドンの再保険ブローカーとともに構築したのは筆者であり、「個人と個人の関係」を大事にする彼らから直接連絡が来ることが多いため、彼らとオンラインでの打ち合わせを頻繁に持ってきた。

しかし、ロイズ(Lloyd’s of London) を中心としたロンドンマーケットの「ビジネス慣習」は「Face to Face deal(面前取引)」が基本。そのため、コロナ禍前は年に数回はロンドンに出張していた。しかし、コロナのパンデミックが発生したため、2019年9月ロンドンに出張したのを最後に、2020年、2021年そして2022年と3年間ロンドンに出張することができなかった。

ようやく、今年9月にはロンドンに行く手配をしたが、実に3年間に亘りコロナに苦しめられることになるなど、誰が2020年初頭に予想しただろうか。

1.第一次世界大戦

英国では、毎年11月11日を「戦没者追悼の日:Remembrance Day」と呼び盛大に追悼式典が催される。経営コンサルタント時代、筆者がロンドンに出張するのは、訪問先が休暇を取る可能性の高い月、8月(夏期バケーション)、12月(クリスマス)、これらを外して年に6回の出張を決めていくと自然と奇数月になり、11月の出張時にはBBCでこの中継映像を見ていたことを思い出す。

日本では、「戦没者追悼の日」は第二次世界大戦(太平洋戦争)の終戦を意味するが、英国、米国、ヨーロッパ諸国での戦没者追悼の日は「第一次世界大戦の戦没者追悼の日」を意味する。第二次世界大戦では、600万人近い英国民が動員され、26万人の兵士と9万人以上の民間人が戦死、カナダやオーストラリアなど英連邦の国々を合わせれば英連邦全体で1000万人が動員され、35万人の兵士が亡くなっている。しかし、第一次世界大戦の犠牲者はそれ以上で、実に670万人の英国民が動員され、そのうち70万人が命を落とした。戦死者の数だけ見ても、第二次世界大戦の実に倍である。

この終戦記念日にあたる11月11日が「戦没者追悼の日」と定められ、赤いケシの花(ポピー)の花輪をささげるようになった。近年では、より多くの国民とともに追悼を行うため、11月11日に一番近い日曜日を「戦没者追悼の日曜日(Remembrance Sunday)」と定めることになっている。

現在、コロナに世界が未だに苦しんでいるが、第一次世界大戦の時にも同様に「スペイン風邪」が大流行していた。この世界的なパンデミックを起こしたスペイン風邪によって、米国では675,000人が死亡したと記録されている。しかし、第一次世界大戦の戦場であったヨーロッパでは2,000万人以上が亡くなっている。

多大な国富を戦費に費やすことによって公衆衛生に国富を費やせなかった結果である。

2.トレンチコート

この第一次世界大戦の際に有名になり、未だに多くの人々が冬になると羽織るコートに「トレンチコート」がある。

トレンチの日本語訳は「塹壕」であり、「塹壕で着るコート」と名付けられたものである。筆者が昔トレンチコートを買った際、不思議だったのが、「ベルトに付いているリングの留め金」であり、「これは何のため?」と思ったものである。

興味を持って調べてみると第一次世界大戦が勃発した時、英国の陸海軍は「塹壕での戦闘に合わせた仕様にして欲しい」と軍装を整える業者に依頼した。ある会社が、それまでの一般的なコートに手榴弾、剣、水筒等を下げるD字型リングをコートに止め金として取り付けたコートを「トレンチコート」の名の下にサンプルとして供したところ採用され、またこれが市民の間にも広がりトレンチコートが冬のコートの定番の一つとなったのである。

このトレンチコートを商品化した会社名に自身の名を残す英国人が「トーマス・バーバリー」である。

1856年若き青年であったトーマス・バーバリーによって創立されるや、高品質や高機能が評判を呼びビジネスが拡大していった。当時の農民が服の上に羽織っていた上着をヒントに耐久性、防水性に優れた高機能新素材、「ギャバジン」と名付けた生地を発明、「トレンチコート」の生地として使用したことが英国陸海軍の採用に大きく寄与したと言われている。

また、この「ギャバジン」製の製品は北極、南極への探検家も魅了、北極、南極の極地探検で使用され、業界では「防寒着」としても確固たる地位を確立していった。

3.防寒着の歴史

「世界を動かしたモノ辞典」(宮崎正勝著 日本実業出版社刊)によると、伝統的な防寒着として有名なものに「セーター」があり、これは11世紀のヨーロッパでは、北方のノルマン人が地中海世界沿岸まで勢力地図を拡げた際、隣接するイスラム地域の手芸技術を持ち帰り、彼らが居住していた英仏海峡の島々、ガーンジー島、またジャージー島などにその技術を伝え作成したのがセーターの起源とされている。

ガーンジー島は本コラムで何度も取り上げたが、英国領ではなく、英国王室領であり、現在では、キャプティブのドミサイル(設立地)として非常に有名な島である。古くから英国本土でつくられたウールを輸入、編み物として加工、ヨーロッパ各地へ、寒さに強い「漁師の服」として輸出されていた。北方の寒い海で働く漁師らは、「防寒着」に適しており、また「防水性」も高い、このセーターは「Guernsey(ガーンジー)」と呼んで重宝していた。

また、昔の「英国紳士」の装いとして、よく取り上げられる「山高帽(シルクハット)」と「外套(フロックコート)」も、19世紀頃より一般化していった。「トレンチコート」は防寒着として確固たる地位を築いていたが、1980年代そこに現われたのが、ポリエチレン・テレフタラート(PET)で作られた柔らかい起毛仕上げの繊維素材である。「PET」との略称で理解されるとおり、「ペットボトル(Pet bottle)」と同じくポリエチレンの一種である。保温性が高く、水に濡れても速乾性がある等、防寒着の材料としてはうってつけのものであった。

「防寒着」として確固たる地位を築いていた「トレンチコート」であるが、2000年代に入ると、フリース素材の防寒着が世界的に普及、今では街中でも「トレンチコート」を着た人々を見ることが少なくなっている。また、エベレスト等の高山登山者の防寒着として、最近ではフリース、ダウンジャケット等が着用されていって、「トレンチコート」に「防寒着として高い機能を要求すること」はなくなっていった。

4.ビジネスの転換

「軍服」や「防寒着」としての期待を持たれなくなった「トレンチコート」を製造してきた会社が、「市場の急速な縮小」にどのように対応していったか、これは企業が有する、また遭遇する「機会」(プラス面)と「脅威」(マイナス面)を検証、対応していくリスクマネジメントの一例として取り上げられるべきものであろう。

仏の「エルメス」は、そのロゴマークに名残りがあるが、元は馬具工房であった。しかし、自動車の台頭による馬車の衰退を予見して、鞄や財布など従来の技術を活かせる事業に進出、ファッション産業に業態転換して世界的名声を得ている。同様に「トレンチコート」の「バーバリー」もその事業、商品の幅を拡げ、ファッション全般に乗り出して、業態転換を果たして大きく成功している。

今回のまとめ

一世を風靡して世界的な名声を得た商品であっても、その名声が永遠に続くことは無い。技術革新という「リスク」が発生して「既存ビジネス」を大きく毀損することがあるからである。

最近見たTVで「街の書店の閉鎖」という印象的な番組があった。筆者が中学生、高校生の頃は「街の書店は中高校生の社交場」であった。しかし、「公益社団法人 全国出版協会 出版科学研究所」の公式WEBサイト及び発表によると、2000年日本国内の書店数は21,495店であったが、2020年には11,024店と約半数にまで減少していることがどういう影響を与えているかというものであった。

同研究所の発表によると、出版物の売上高を見ると、紙媒体合計としては1996年が最高で2兆6,000億円を超えたが、2020年には約1兆2,000億円に半減している。「雑誌」に至ってはピーク時の3分の1にまで低下していている。

「若者の活字離れ」や「出版不況」と言われるようになって、すでに長い時が経っていて、街中の書店の閉店は後を絶たない。一方、「オンライン書店」等、WEBを重視した企業戦略を取ってかえって売上げを伸ばしている書店もある。

「トレンチコート」の未来を予見して事業を大きくシフトした企業。その100年以上前に「馬具の将来性」に見切りを付けて業態転換して大成功している企業。一方、「出版業界の商慣習は長く変わっておらず、それが街の書店の経営を圧迫して廃業に追い込まれている」と前述のTV番組で報道されていた。

企業の行く末を決めていくものはその企業の「企業戦略」に他ならない。それが一書店であっても大企業であっても同じである。

本コラムでは「書店」を企業戦略の対象として取り上げたが、業種を問わず、どんな企業であっても自社の「強み」と「弱み」を的確に分析していくことをせず事業に成功することはできない。おそらくビジネスに携わるほとんどの人はこのことを十分理解していると思われる。

しかし、いざ「企業戦略の策定」となると、企業の「強み」「弱み」の分析を経ること無く、その多くが経営トップの意向への忖度と思われるが、いきなりトップダウンの「企業戦略」が現われてくる。そして、それを担当部門が「企業戦略のテンプレート」に沿って「戦術」「行動計画」へと落とし込んでいく。こういう過程を経た「企業戦略」にその効用があるかどうかは自明の理であろう。

「本を買う」という行為そのものなら「ネット販売」は非常に便利であり書店とのその比では無い。家から一歩も出ずに、例え夜中であっても、数多く、おそらく普通の書店の在庫の何倍、何十倍もの中から買うことができる。そういう「競合相手」と「どういう競合をしていくか」が企業戦略となるのである、「強み」そして「弱み」に関する分析は必須である理由がここにある。

例えば、「わざわざ出掛けていき、書店で本を買うという行為」に、「強み」分析から「明確な付加価値やメリット」を提示することが必要なのである。「書店に足を運ばなければいけないマイナス面」をプラス面に変えていく「過程」や「仕掛け」が必要なのである。「この書店は自分に必要な本、有益な本を教えてくれる」といった明確なメリットが提示できれば「わざわざ出掛けていき、書店で本を買うという行為」は自分にとって「大きな効用がある行為」となる。

なぜ、グローバル・リンクが企業戦略の策定、リスクマネジメントのためにキャプティブの設立を強く推奨しているのか、それはキャプティブを設立する場合は、必ずこの「企業戦略上の『強み』と『弱み』分析」を厳しくおこなうからである。

筆者がこれまでリスクマネジメントに関与してきた経験から言えることは、「キャプティブの設立」という明確な目的を持たないリスクマネジメントでは、「通り一遍の教科書的なモノしか生まれることはない」ということなのである。

執筆・翻訳者:羽谷 信一郎

English Translation

Risk Management (RM)77 Trench coat (Reasons for establishing a captive)

The other day, on a TV quiz programme, the question was asked: “Why is New Year’s Eve called ‘Oomisoka’?” The answer was: “In the lunar calendar, the last day of each month was called ‘Misoka’, so the last day of the year came to be called ‘New Year’s Eve’. The word ‘Miso’ in Misoka means 30, and in the lunar calendar, a month had 29 days in some cases, but in most cases, it was 30 days, so it came to be called ‘Misoka’”.

Today is 15 January 2023, two weeks after this New Year’s Eve, the New Year feeling has completely disappeared in the city and people are returning to normal life. The day after tomorrow, 17 January, the author will return to Japan and go to the United States after being hired by CIGNA Corporation, the world’s largest insurance conglomerate at the time, to work in the captive division at its Philadelphia headquarters in the United States. Just as I was preparing to leave the country, the Great Hanshin-Awaji Earthquake struck on 17 January 1995, 28 years to the day.

Every January, I have remembered those days, but this year is particularly poignant as it is the 100th anniversary of the Great Kanto Earthquake, a massive earthquake that hit the southern Kanto region on 1 September 1923, and the majority of the captives established by Global Link are programmes that provide coverage for earthquake risk.

Under Global Link’s captive programme, Marnix, a subsidiary of Marubeni Corporation, a major general trading company and Global Link’s business partner, is responsible for arranging reinsurance from the captives, which greatly affects the effectiveness of the programme, and is arranging reinsurance in the London market. However, it was the author who established the relationship with Lloyd’s of London Syndicate, the underwriter of the reinsurance, and the world’s largest reinsurance company, together with the London reinsurance brokers with whom the author was working at the time, and it was the author who was directly contacted by them, who value “personal relationships with individuals”. The contact often came from them, and therefore they frequently brought their meetings online.

However, the “business practice” of the London market, centred on Lloyd’s of London, is based on “face to face deals”. Therefore, before the covid-19 disaster, I used to make business trips to London several times a year. However, due to the outbreak of the covid-19 pandemic, I was unable to travel to London for three years – 2020, 2021 and 2022 – after my last business trip to London in September 2019.

Finally, I have made arrangements to go to London in September this year, but who would have predicted in early 2020 that we would indeed have to suffer from covid-19 for three years?

1. World War I

In the UK, 11 November every year is known as Remembrance Day, and is marked with a huge memorial service. When I was a management consultant, I decided to travel to London six times a year, excluding August (summer holiday) and December (Christmas), the months when the clients were most likely to take holidays. The months naturally fall into odd-numbered months, and I recall watching this live footage on the BBC during a business trip in November.

In Japan, the Day of Remembrance for the War dead means the end of World War II (Pacific War), while the Day of Remembrance for the War dead in the UK, USA and European countries means the Day of Remembrance for the war dead of World War I. In the Second World War, nearly six million British citizens were mobilised, 260,000 soldiers and more than 90,000 civilians were killed in action, while 10 million people were mobilised and 350,000 soldiers died in the Commonwealth as a whole, including Canada, Australia and other Commonwealth countries. However, the casualties of the First World War were even greater, with a total of 6.7 million British citizens mobilised, 700,000 of whom lost their lives. The number of casualties alone is actually double that of the Second World War.

11 November, the anniversary of the end of the war, has been designated as the Day of Remembrance for the War Dead, and wreaths of red poppy flowers (poppies) are laid on the day. In recent years, the Sunday closest to 11 November has been designated as Remembrance Sunday, in order to mourn with more people.

Currently, the world is still suffering from covid-19, but during the First World War there was a similar “Spanish Flu” pandemic. It is recorded that 675,000 people died in the USA as a result of this global pandemic of the Spanish Flu. However, more than 20 million people died in Europe, the battleground of the First World War.

This is the result of spending a great deal of national wealth on warfare, and thus failing to spend it on public health.

2. trench coat

The trench coat became famous during the First World War and is still worn by many people in winter.

The Japanese translation of the word “trench” is “Zango”, and it was named “coat worn in the trenches”. When the author bought a trench coat in the past, the author wondered about the “ring clasp on the belt” and wondered “what is the purpose of this?”.

Curious to find out, I found that when the First World War broke out, the British Army and Navy asked a company that tailored military uniforms to “specifications adapted to fighting in the trenches”. A company offered a sample of a coat with a D-shaped ring attached to the coat as a stop for grenades, swords, water bottles, etc., which was adopted under the name “trench coat”, and this spread to the civilian population and the trench coat became one of the standard winter coats. The trench coat became one of the standard winter coats.

The Englishman who named the company that produced the trench coat after himself was Thomas Burberry.

The company was founded in 1856 by a young man, Thomas Burberry, and its reputation for high quality and high functionality led to the expansion of the business. Taking a hint from the jackets worn by farmers at the time, he invented a highly functional new material with excellent durability and waterproofing, named “gabardine”, and used it as the fabric for “trench coats”, which is said to have made a major contribution to its adoption by the British Army and Navy.

Products made of this “gabardine” also attracted explorers to the North and South Poles, were used in polar expeditions to the North and South Poles and established a firm position in the industry as “winter clothing”.

3. History of winter clothes

According to “Sekai wo ugokashita mono jiten” (Dictionary of things that moved the world) (written by Masakatsu Miyazaki, published by Nihon Jitsugyo Shuppansha), the jumper is one of the most famous traditional winter clothes. The jumper is said to have originated on the islands of the English Channel, Guernsey and Jersey, where they lived, and to have been made using these techniques.

Guernsey, which has been mentioned many times in this column, is not a British territory but a British Crown territory and is now very famous as a captive domicile. From ancient times, wool made on the British mainland was imported, processed into knitted fabrics and exported to various parts of Europe as cold-resistant “fishermen’s clothing”. Fishermen working in the cold northern seas found these jumpers useful, calling them “Guernsey”, as they were suitable for “warm clothes” and were also “waterproof”.

Silk hats and frock coats, which are often seen as the attire of English gentlemen in the past, also became common from the 19th century onwards. The trench coat had established a firm position as a warm-weather garment, but in the 1980s, a soft, brushed textile material made from polyethylene terephthalate (PET) appeared on the scene. PET, as understood by its abbreviation, is a type of polyethylene, like the “pet bottle”. It has high heat-retaining properties and dries quickly when wet, making it an ideal material for thermal clothing.

The trench coat had established a firm position as winter clothing, but in the 2000s, fleece winter clothing became popular worldwide, and nowadays it is rare to see people wearing trench coats on the streets. It is also used as warm clothing for alpine climbers on Mount Everest and other high mountain peaks.

In recent years, fleeces and down jackets have been worn by climbers of Mt Everest and other alpine peaks, and there is no longer a demand for trench coats with high functionality as winter clothing.

4. business shift

How did a company that manufactured ‘trench coats’, which were no longer expected to be used as “military uniforms” or “warm clothes”, respond to the “rapid shrinkage of the market”? This should be taken up as an example of risk management, examining and responding to the “opportunities” (positive aspects) and “threats” (negative aspects) that a company has and encounters.

The French company Hermès, whose logo bears traces of its origins, was originally a harness workshop. However, foreseeing the decline of the horse carriage due to the rise of the automobile, the company moved into businesses that could utilise its traditional skills, such as bags and wallets, and changed its business format to the fashion industry, gaining worldwide fame. Similarly, Burberry, the company behind the trench coat, has expanded its business and product range to include all aspects of fashion, and has achieved great success by changing its business model.

Summary of this issue

Even if a product takes the world by storm and achieves global fame, that fame will not last forever. This is because the “risk” of technological innovation can occur and cause significant damage to “existing businesses”.

Recently, I saw an impressive programme on TV about the closure of a bookshop in town. When the author was in junior and senior high school, “bookshops in town were the social space for junior and senior high school students”. However, according to the official website of the Institute of Publication Science, Japan Association of National Publishers, the number of bookshops in Japan in 2000 was 21,495, but by 2020 it had fallen to 11,024, about half of the original figure, and this has had an impact.

According to the institute, the total sales of publications reached a high of more than 2.6 trillion yen in 1996, but this figure will have halved to about 1.2 trillion yen by 2020. The total value of magazines has fallen to one-third of its peak.

It has already been a long time since people started talking about “young people’s shift away from print” and the “publishing recession”, and there is no end to the number of bookshops closing in towns and cities. On the other hand, some bookshops are instead increasing their sales by adopting corporate strategies such as “online bookshops” and other web-oriented businesses.

A company that foresaw the future of the “trench coat” and made a major shift in its business. On the other hand, there are companies that gave up on the “future of harnesses” more than a century ago and have been very successful in changing their business format. On the other hand, it was reported in the aforementioned TV programme that “business practices in the publishing industry have not changed for a long time and this is putting pressure on the operations of bookshops in the city, forcing them out of business”.

What decides the future of a company is nothing other than its “corporate strategy”. This is true whether it is a single bookshop or a large corporation.

In this column, I have chosen bookshops as the subject of corporate strategy, but any company, regardless of industry, cannot succeed in business without accurately analysing its own strengths and weaknesses, and most people involved in business are probably fully aware of this.

However, when it comes to “formulating a corporate strategy”, a “corporate strategy” suddenly appears, without any analysis of the company’s “strengths” and “weaknesses”, which in many cases seems to be a discovery of the top management’s intentions. The strategy is then incorporated into tactics and action plans in line with the “corporate strategy template”. It should be self-evident whether a “corporate strategy” that has gone through this process has any utility.

If it is the act of buying a book itself, online sales are extremely convenient and cannot be compared to bookstores. Without even stepping out of your house, even in the middle of the night, you can buy from a large number of books, probably dozens and dozens of times more than the stock of a regular bookshop. This is why analysis of strengths and weaknesses is essential.

For example, it is necessary to present clear added value and benefits to the act of going out of one’s way to buy a book at a bookshop, based on a strengths analysis. The negative side of having to visit a bookshop needs to be turned into a positive side through a “process” or “mechanism”. If the bookshop can present clear benefits such as “this bookshop can tell me what books I need and what books are useful”, then “the act of going out of my way to buy books at the bookshop” will become “an act of great utility” for me.

The reason why Global Link strongly recommends the establishment of a captive for corporate strategy formulation and risk management is that a captive is always subjected to a rigorous “strategic ‘strengths’ and ‘weaknesses’ analysis”. From the author’s experience in the risk management business to date, it can be said that risk management without a clear objective of establishing a captive will only result in producing “only very ordinary, textbook objects”.

Author/translator: Shinichiro Hatani