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企業戦略 2020.02.13

企業戦略 4 ー 「ゼロ戦」が教えるキャプティブの必要性

「進化論」を唱えたチャールズ・ダーウィンは、「この世に生き残る生物は、最も強いものではなく、最も知性の高いものでもなく、最も変化に対応できるものである」という考えを示したと言われている。実のところ、「種の起源」にこの言葉はなく、「後世の創作ではないか」ともいわれているが、企業経営においてこれほど重要な言葉はない。企業経営の根幹を成す戦略が、キャプティブ(自社専用保険会社)の設立も視野に入れた「本格的リスクマネジメント」である。

企業経営は、事業環境の変化に応じて、常に「取捨選択=決断」を求められている。事業を進めていくこと、また事業から撤退すること、常にその答えを求められているのが経営である。この判断によって「切り捨てられた経営資源」がリスクをはらむのである、その変化にリスクマネジメント組織は柔軟に対応するものでなければならないからであり、キャプティブはその武器になり得るからである。

1.トランジスタの誕生

ノーベル物理学賞を受賞した江崎玲於奈氏は、かつて日本経済新聞の「私の履歴書」にこう記した。

「トランジスタはその革新性と影響力において二十世紀最大の発明と言っても過言ではない。これを通じて、私が学んだことは、真空管をいくら研究しても、改良してもトランジスタは生まれてこないということ。すなわち、われわれはともすれば、殊に安定した社会では、将来を現在の延長線上に捉えがちになる。しかし、変革の時代には、今までにない革新的なものが誕生し、将来は創られるといえるのである。ここでは、想像力が決定的な役割を演ずることはいうまでもない。」

 

1903年12月、米国でライト兄弟が「ライトフライヤー号」と命名した、わずか12馬力のエンジンを載せた飛行機で世界初の有人動力飛行に成功してから、飛行機は飛躍的な進化を遂げた。技術というものは、「要求」によって進化する。その代表格は戦争である。造船や航空など、軍事に直結する技術が著しい速さでその進化を要求されるからである。

2.戦争による技術の進化

1914年から始まった第一次世界大戦でこれらのことが証明された。初めて、機関銃、戦車そして飛行機が実戦に投入されたのである。1919年講和条約が結ばれベルサイユ体制が成立したが、巨額の戦争賠償を課せられたドイツでは、インフレが進み社会不安が拡大、そこに起きたのが1929年の世界恐慌。身に影が沿うように顕れたのが、ナチズムの台頭であった。

また、第一次世界大戦以前までの武器の主役は軍艦、産業革命以来の蒸気機関の延長線上で石炭を使用していたが、第一次世界大戦以降は、「武器が必要とする燃料」の変化が起きた。飛行機、戦車の利用、更には軍艦も、石炭に代わり重油を使用するようになった。「石炭を使う外燃機関から石油を使用する内燃機関への進化」が起きたのである。

「国を守る軍隊」は石油なしには存在しなくなった。石油を持たない国にとっては石油の確保ということが国是となり、第二次世界大戦が勃発したのである。

3.ゼロ戦、強さの秘密は

「艦隊同士が大砲を撃ち合って雌雄を決する艦隊決戦の際に打った弾が命中したかどうか調べるために飛ぶ観測機を守る役目」が、そもそも「戦闘機の主要任務」であった。

しかし、日本軍は、戦闘機に対するこの考え方を大きく進化させた。敵の軍艦を補足して侵攻する、そのためには「航続距離は長大に」というコンセプトのもと開発されたのがゼロ戦であった。1940年正式採用。当時の各国の主力戦闘機の航続距離は最長でも1500キロ程度であったのに比べて、3000キロを優に超え、太平洋戦争開戦時は、航続力、最高速度、上昇性能そして空戦能力すべてにおいて他の戦闘機を凌駕していた。

ただ、その最高の武器は、最高の性能を発揮するための「条件」、操縦を習熟するまでには長い時間が必要であったのである。ドイツの駐在武官が「ゼロ戦でアメリカと戦えば必ず負ける。大戦争になればパイロットの補給が追いつかなくなる」と忠告したと言われている。事実、ゼロ戦は、習熟するまでに1200時間以上の時間を必要とした。片やドイツや米国の主力戦闘機は、300時間で充分であった。ミッドウエ―海戦で負けるとこの事が現実となった。数多くのベテランパイロットを失ったのである。

4.進化すべき企業戦略

未来にならなければ、人は歴史の転換点を認識することはできない。ミッドウエ―の敗戦でそれまでのゼロ戦の競合優位性の核が無くなり「すべてが逆回転を始めた」が、真空管を研究し尽くすように数々の改良型を造リ続けた。ゼロ戦を遥かに凌駕するジェット機は、既に米国で誕生、いずれどんな改良型も追い抜かれる運命にあったにもかかわらず。

戦後、中東の大油田の発見によって原油価格は急速に低下した。しかし、外貨不足であった日本は、外国から無制限に石油を買うことができなかった。そんな状況で政府の保護のもと発展したのが石炭産業である。彼らは国産石炭優先の政策はその後も永遠に続くと考えていた。採掘技術や運送方法などの改善には努力したが、業種業態の変化までも見据えた企業戦略の転換をすることはなかった、「時代の変化に対応しなかった」のである

しかし欧米では、石炭会社から化学、鉄鋼、セメント、石油等に業種転換して成功している企業も多い。仏のエルメスは、元は馬具工房であったが、自動車の台頭による馬車の衰退を予見して鞄や財布など従来の技術を活かせる事業に進出、ファッション産業に業態転換して世界的名声を得ている。

今回のまとめ

「企業戦略は、すべて戦略ドメインから決定されなければなない」のである。

また、企業戦略には、「まったく新たな発想と行動」が必要なのである。「ただリスクマネジメントをする」のは、もはや時代に即した企業戦略とは言えない、「真空管をいくら研究しても、改良してもトランジスタは生まれてこないということ」という江崎玲於奈氏の言葉を企業戦略の策定に活かすか、それとも「ゼロ戦の改良の延長線上」に置くのか、企業戦略は常に進化をしなければならないのである。

なぜ「キャプティブ」が多くの欧米の企業に求められそして設立されているのか、日本企業は、「まったく新たな発想と行動」で、今後のために検証、検討すべき課題であると考える。