リスク対応策 2023.04.10
RM79 「オーダーメイド」のリスク対応、それこそがキャプティブ設立の意義
For those who prefer to read this column in English, the Japanese text is followed by a British English translation, so please scroll down to the bottom of the Japanese text.
損害保険会社は、その「社会的使命」から様々な面で事業上の制約を課されている。
損害保険会社の業界団体である「日本損害保険協会」が定めている「損害保険会社の行動規範」には、「安心かつ安全で持続可能な社会の実現と、経済および国民生活の安定と向上に資する相互扶助制度を円滑に運営することが、損害保険事業の社会的使命として求められている」とある。
つまり、損害保険会社はその社会的使命として、国内の個人、企業に遍く広く一円に補償を提供することを求められている存在なのである。「一社だけの要望を叶える商品やサービスを提供することはできない」ということである。
この点から、企業保険分野に於いて「一社特有のリスクに柔軟かつ十分に対応する」という「キャプティブ設立の意義及び特長」が大きな意味を持つのである。
1.サヴィル・ロウ
筆者が大学を卒業して社会に出ることが決まった時、父は「スーツが要るな」と一言呟いて、翌日、就職祝いのプレゼントにスーツを大手の量販店で買ってくれた。無論、いわゆる「吊るし」であった。この「吊るし」とは、店頭でスーツが「ハンガーに吊られて販売されている姿」のことを言い、「既製品のスーツ」のことを指す。
スーツは19世紀に英国で主に貴族が着用するものとして発祥したと言われている。当然、職人の手によりオーダーメイドで製作されるものであった。
ロンドンの中心部、多くの観光客で賑わうオックスフォード・サーカスとピカデリー・サーカスを結ぶ道、髪型の名前にもなったリージェント・ストリートの中間地点、バッキンガム宮殿にも近い地域メイフェア、そこから少し入ったところにある、サヴィル・ロウは、オーダーメイドの名門高級紳士服店が集中している地域として有名な場所である。語感からか、日本語の「背広」という言葉の由来となったとの説もある地域である。
2.オーダーメイド
テーラーが採寸をし体形にピッタリ合って仕立てられていない「吊るし」は、「体型とスーツのズレ」が徐々に生地にダメージを与えていく。「オーダーメイドは値段が高い」と言われるが、長い目で見るとその耐久性から言っても贅沢品ではなく、かえって「吊るし」よりも、名古屋でよく使われる言葉を使うと「お値打ち」であると言える。
「吊るし」のデメリットとして挙げられることに、「サイズやデザインに制限がある」ということがある。本来スーツは、胸囲、肩、ウエスト、袖など一人ひとりの身体的特徴に合わせて作るべきものであるが、標準体型を基に作られる「吊るし」ではどうしてもサイズのずれが起きてしまいやすい。また、「吊るし」は、多くの人が着られるようなデザインやシルエットであるため、自分の特徴を出せるようなスーツの選択肢はあまりない。
このような制限があるため、「吊るし」は、どうしても「自分が欲しいものを諦め、妥協したもの」と映る。「吊るし」では、自分の体格に完全にフィットしているスーツを見つけることは難しいため、多少なりともの不満を持ちながらそのスーツを着ていることになるからである。
一方、オーダースーツは1人1人の身体に合わせてつくるので、仕上がり時に身体にピッタとしたサイズのスーツに仕立てることができる。身体にフィットしたスーツを着ていることは「スーツを着こなせている人」という印象を周りに与える。また、自身も着心地も良い。周りからの印象も上げることのできるオーダースーツの効用は大きいと言える。
3.キャプティブ設立の意義
「オーダーメイド」か「吊るし」かが個人のスーツの話であればいいが、これが企業のレベル、特にリスク対応のことになると当然その影響は計り知れないものになる。「『スーツ』はサラリーマンの作業着だから」という言葉がよく言われてきたが、それが、企業の様々なリスクを引受ける損害保険となるとその影響が大きいものになるということが容易に予測できるからである。
冒頭、損害保険会社はその社会的使命として、国内の個人、企業に遍く広く一円に補償を提供することを求められている存在であり、その行動規範より「一社だけの要望を叶える商品やサービスを提供することはできない」と記した。また「損害保険料率算出団体に関する法律第8条」により、「保険料は合理的かつ妥当なものでなければならず、不当に差別的なものであってはならない」と定められており、国内の保険会社の保険料設定には厳しい制限もある。
つまり、「長い、深いお付き合いがあるから」と思っていても、一般の損害保険会社は、実は「自社だけの要望を叶える損害保険会社にはなり得ない」ということなのである。
スーツであれば多少着心地の悪さを犠牲にすればいいのだが、「企業のリスク対応」となるとそうはいかない。損害保険会社の「『吊るし』の補償」と「『企業の体躯』が有するリスク」との間に生じた「隙間」に「大きなリスクが発生すること」になる。
例えば、地震保険の補償枠が少なくとも50億円は必要だと考えても、損害保険会社が「30億円が精一杯です」と言ってくれば、担当部署としては「自分の役目は果たした、損害保険会社がそういうからしようが無い」と上層部に報告する。上層部も「担当の専門部署がそう報告しているのだから」と「そのとおり」で決裁される。地震が発生した際、「最大で20億円の損害を発生させること」を予見していながら。
だからこそ「キャプティブ」という、一般の損害保険会社ではなかなか対応できない補償枠や補償内容の獲得を可能にできるリスクマネジメント・ツールは、「経営陣の眼に触れなければならない」のである。そうならしめるためには、「英邁な経営陣が存在する」か、それとも「コーポレート・ガバナンスを的確に機能させる、社外取締役」が本来の機能を発揮するかである。
そうでなくては、大損害が発生したときには、「不測の事態でした」の一言で片付けられ、「会社の本来の持主」である株主が大きな損失を被ることになるからである。
今回のまとめ
日本では、「損害保険料率算出団体に関する法律」に基づいて設立された「損害保険料率算出機構」が、火災保険・傷害保険・自動車保険などの参考純率や、自賠責保険・地震保険の基準料率を算出して、損害保険会社に提供する。損害保険会社は、これらの料率を保険料率の算定の基礎として用いるため、損害保険会社による保険料率のバラツキは少ない。
一方、競争原理が強く働く海外の保険市場では、すべてが「自己責任の原則」に基づき、保険料率の算定もすべて保険会社の自己責任で決定される。したがって、提供できる補償の金額やその保険料水準は、保険会社のアンダーライター(保険引受の権限を有する専門職)のリスク判断や保険市場での引受補償枠(キャパシティ)の需給状況によって大きく異なるが、海外の保険市場は激しい競争状態にあるため、国内の保険商品と比べて保険料がかなり低い傾向にある。
しかし、インターネットが発展して世界経済を動かす存在になっても、こういった海外の保険を直接掛けることは、保険業法第186条によって原則としてできない。日本で免許を受けない保険者によって日本のマーケットに混乱をきたす可能性があることがその主因である。
第186条(日本に支店等を設けない外国保険業者等)
日本に支店等を設けない外国保険業者は、日本に住所若しくは居所を有する人若しくは日本に所在する財産又は日本国籍を有する船舶若しくは航空機に係る保険契約(政令で定める保険契約を除く・・・。
日本の企業が、例えば「英国の保険会社の商品が良く、また保険料も安く、大きな補償枠を得られるから」と考えてもその英国の保険会社と「日本にある人もしくは財産」に関わる保険契約を直接締結することは原則としてできない。
しかし、その保険に掛けたいリスクを日本で免許を得た損害保険会社が「元受保険会社」として引受、そしてそのリスクを「元受保険会社」が「キャプティブ」を再保険者として再保険を掛けることはできる。
つまり、海外に設立する「キャプティブ」に保険を掛けることを日本の元受保険会社経由でおこなうことはできるのである。しかし、「再保険」によって、自社のリスクを「自社の保険会社」であるキャプティブに掛けることは、当然「リスクヘッジ」にはならない。キャプティブに元受保険会社からヘッジされたリスク(再保険)がそのままに残っているからである。ただ、そのリスクが更に外部に「再々保険」としてヘッジされれば話は別である。
「なぜ、日本を代表するような損害保険会社でさえ難しい、『例えば地震保険のように引受が難しい保険分野で、高額の補償を廉価で提供すること』が、キャプティブ・プログラムではどうして可能になるのか」という疑問が起こるであろう。
「元受保険→再保険→再々保険」の矢印のように、通常、保険のリスクはこのように流れていく。しかし、「キャプティブ・プログラム」では、「元受保険会社が引き受けられない補償額、補償範囲を引き受けてくれる世界的な規模を有し、かつ信用力のある再保険会社をロンドンマーケットで調査、そして交渉して、『補償の確保=再々保険の確保』をすること」が第一歩となる。
次にこの「補償の確保」をもとに「元受保険会社」と「どのようなキャプティブ・プログラムが構築できるかを検討していく」ことになる。つまり、「キャプティブ・プログラム」では、「上記の『矢印』はまったく逆の方向を向くこと」になる。
野菜等の「産地直送」と同じく、キャプティブ・プログラムとは、損害保険の本場ロンドンから「保険を産地直送すること」であり、そのための手段がキャプティブなのである。
また、「海外の再保険市場に直接アクセスできることによって、保険料の内外価格差をキャプティブが収益化すること」も可能となり、キャプティブ設立前は単なる「コスト」であった保険リスクを事業収益に換えることも可能にする存在となるのである。
新年度が始まったと言っても、事業収益をなかなか黒字化できない国際状況のなか、「吊るし」の保険に満足せず、「オーダーメイド」の保険プログラムを構築することによって、「的確な補償」を得るだけでなく、「自社の有する、遭遇するリスクを収益化すること」を考えてみてはいかがだろうか。
執筆・翻訳者:羽谷 信一郎
English Translation
Risk Management (RM) 79 – “Tailor-made “risk responses – that’s what captives are all about
Non-life insurance companies are subject to business restrictions on various aspects of their business due to their “social mission”.
The Code of Conduct for Non-Life Insurance Companies of the General Insurance Association of Japan, an industry association of non-life insurance companies, states that the social mission of the non-life insurance business is to smoothly operate a mutual assistance system that contributes to the realisation of a secure, safe and sustainable society and to the stability and improvement of the economy and people’s lives.
In other words, non-life insurance companies are required as part of their social mission to provide compensation to individuals and companies throughout the country. This means that they cannot provide products and services that meet the needs of only one company.
In this respect, the “significance and characteristics of the establishment of a captive” are of great significance in the corporate insurance sector, as they “respond flexibly and adequately to risks specific to a single company”.
1.Savile Row.
When the author graduated from university and decided to enter the workforce, my father muttered a few words to me, ” You need a suit”, and the next day he bought me a suit from a major mass retailer as a gift for my employment. Of course, it was what is known as a “hanged” suit. The term “hanged” refers to the way suits are sold in shops, hung on hangers, and refers to “ready-made suits”.
It is said that suits originated in the UK in the 19th century, mainly worn by aristocrats. Naturally, they were made to order by craftsmen.
In the heart of London, halfway between Oxford Circus and Piccadilly Circus, the road that connects Oxford Circus and Piccadilly Circus, both crowded with tourists, and Regent Street, which gave its name to the haircut, Mayfair, an area close to Buckingham Palace, and Savile Row, a short distance from there, is where the custom-made Savile Row is famous for its concentration of prestigious luxury menswear shops. The area is also believed to be the origin of the Japanese word “sebiro”, possibly due to the word Saville Row.
2. Tailor-made
In the case of tailor-made suits, which are not tailored to fit the tailor’s measurements and body shape, the “discrepancy between the body shape and the suit” gradually damages the fabric. Although it is said that tailor-made suits are expensive, in the long run they are not luxurious in terms of durability and are, in fact, “better value for money” than “hung” suits, as the term is often used in Nagoya.
One of the disadvantages of “hung” suits is that they are limited in size and design. Originally, suits should be made to suit the physical characteristics of each individual, such as chest circumference, shoulders, waist and sleeves, but with “hunged” suits, which are made on the basis of standard body shapes, size discrepancies are inevitably likely to occur. In addition, as “hang-ups” are designed and silhouetted in such a way that many people can wear them, there are not many options for suits that allow people to express their own personal characteristics.
Because of these limitations, “hung” is inevitably seen as a compromise, giving up on what one wants. This is because it is difficult to find a suit that perfectly fits one’s physique in a “hang-up”, which means that one wears that suit with some degree of dissatisfaction.
On the other hand, a custom-made suit is made to fit each person’s body, so it can be tailored to fit perfectly when it is finished. Wearing a fitted suit gives people around you the impression that you are someone who knows how to wear a suit. The benefits of a tailor-made suit are also significant, as it is comfortable to wear and improves the impression of the people around you.
3.Significance of the captive establishment
The impact of the “tailor-made” or “hung” suit is fine if we are talking about individual suits, but when this is at the corporate level, particularly when it comes to risk response, the impact is naturally immeasurable. It has often been said that “‘suits’ are the work clothes of office workers”, but it is easy to predict that the impact will be significant when it comes to non-life insurance, which underwrites a variety of corporate risks.
At the beginning of this issue, it was stated that non-life insurance companies are required by their social mission to provide compensation to individuals and companies throughout the country, and that their code of conduct states that they cannot provide products and services that meet the needs of only one company. In addition, Article 8 of the Law on Non-Life Insurance Premium Rate Calculation Organisations stipulates that “premiums must be reasonable and appropriate and must not be unjustifiably discriminatory”, and there are also strict restrictions on the setting of premiums by domestic insurance companies.
This means that general non-life insurers, even if they think they have a long and deep relationship with a company, cannot in fact be a non-life insurer that can fulfil their own exclusive requirements.
If it is a suit, they can sacrifice a little comfort, but not when it comes to “corporate risk response”. The “gap” between the non-life insurance company’s “hanging’ coverage” and the “risks that the ‘corporate physique’ possesses” will result in “a large risk”.
For example, if the non-life insurance company says, “3 billion yen is the best we can do” even though it thinks that at least 5 billion yen of earthquake insurance coverage is necessary, the department in charge reports to upper management, saying that it has done its part and that it has no choice because the non-life insurance company says so. The senior management also makes a decision “because the specialised department in charge has reported so”, and the decision is made “as it should be”. This is despite the fact that the company foresaw that the earthquake could cause damages of up to 2 billion yen.
That is why a “captive” – a risk management tool that enables companies to obtain compensation limits and coverage that ordinary non-life insurers cannot easily provide – “has to be in the eye of management”. To do so, either there must be a ‘strong management team’ or ‘outside directors who can ensure that corporate governance functions properly’ will fulfil their primary function.
Otherwise, when a major loss occurs, it can be simply dismissed as an ‘unforeseen event’, and the shareholders, who are the ‘original owners of the company’, will suffer a major loss.
Summary of this issue
In Japan, the Non-Life Insurance Premium Rate Calculation Organisation, established under the Law on Non-Life Insurance Premium Rate Calculation Organisations, calculates reference net rates for fire, personal accident and motor insurance, as well as standard rates for liability insurance and earthquake insurance, and provides them to non-life insurance companies. Non-life insurance companies use these rates as the basis for calculating premium rates, so there is little variation in premium rates between non-life insurance companies.
On the other hand, in foreign insurance markets, where the principle of competition is strongly enforced, everything is based on the principle of self-responsibility and the calculation of premium rates is entirely the responsibility of the insurance company. Therefore, the amount of compensation that can be provided and its premium level vary greatly depending on the risk judgement of the insurance company’s underwriters (professionals with underwriting authority) and the supply and demand situation for underwriting compensation limits (capacity) in the insurance market, but as overseas insurance markets are highly competitive, compared with domestic insurance products Premiums tend to be considerably lower.
However, even with the development of the internet and its presence in the global economy, it is not possible in principle to take out such overseas insurance directly, according to Article 186 of the Insurance Business Law. The main reason for this is the potential for disruption to the Japanese market by insurers not licensed in Japan.
Article 186 (Foreign insurers without branches in Japan, etc.)
A foreign insurer which does not establish a branch office, etc. in Japan shall not be liable for insurance contracts (excluding insurance contracts specified by Cabinet Order…) relating to a person having a domicile or residence in Japan or property located in Japan, or a ship or aircraft having Japanese nationality.
In principle, a Japanese company cannot, for example, conclude an insurance contract directly with a UK insurance company relating to “persons or property located in Japan”, even if the company believes that the UK insurance company has a better product, lower premiums and a larger coverage limit. However, a non-life insurance company licensed in Japan can underwrite the risk to be insured as a “primary insurer”, and then the primary insurer can reinsure the risk with a “captive” as a reinsurer.
In other words, it is possible to buy insurance from a captive established abroad via a Japanese primary insurer. However, reinsuring one’s own risks to a captive that is one’s own insurance company is not, of course, a “risk hedge”. This is because the risk hedged by the primary insurer (reinsurance) remains in the captive. However, if the risk is further hedged externally as “retrocession”, it is a different story.
The question arises: “How is it possible for a captive programme to provide high coverage at a low cost in an insurance field that is difficult to underwrite, such as earthquake insurance, which is difficult even for leading non-life insurance companies in Japan?”
Normally, insurance risks flow in this way, as in the arrow “primary insurance -> reinsurance -> retrocession”. The first step in a captive programme, however, is to “research and negotiate with reinsurers in the London market that have the global scale and creditworthiness to underwrite the amount and scope of coverage that the primary insurers cannot underwrite, and ‘secure coverage = secure retrocession'”.
Next, based on this “securing of coverage”, the company will “consider what kind of captive programme can be established” with the “primary insurers”. In other words, in a “captive programme”, “the above ‘arrows’ will point in exactly the opposite direction”.
Like “direct shipment of vegetables”, a captive programme is “direct shipment of insurance” from London, the home of non-life insurance, and a captive is the means to achieve this.
Direct access to overseas reinsurance markets also enables “captives to monetise the difference between domestic and foreign prices of insurance premiums”, making it possible to convert insurance risks that were simply a “cost” before the captive was established, into business revenues.
In an international situation where it is difficult to turn a business profit even at the start of a new year, why not be satisfied with “hanging” insurance and consider building a “tailor-made” insurance programme that not only provides “accurate coverage” but also “monetises the risks that your company has and encounters”? How about this?
Author/translator: Shinichiro Hatani